
コンセプトは「信州らしさを発信し、体感できるゲートウェイ」。東京駅から新幹線で約70分の信州の玄関口で食材や文化に触れ、しなの鉄道を使って長野の奥へ旅を広げてもらう。甲信越初出店を含む飲食店、ホテル、温浴施設が集積し、「食べる・過ごす・安らぐ」を駅前で完結させる構成です。
駅前の「滞在空白」を埋める――三菱地所の狙い
三菱地所の担当者、中山に尋ねたのは、このプロジェクトにおける三菱地所の立ち位置についてです。今回は土地と建物を整備し、アクアイグニス、CCC、無印良品の3社にマスターリースの形で貸し出す構造をとりました。テナントのリーシングや日常の運営は各社に委ねています。「私たち三菱地所は箱をつくり、出店者であるプレイヤーの方々を調整する立場でした」と語ってくれました。三菱地所として軽井沢での商業施設開発はこれが初めてでした。

中山「開発の背景には、軽井沢駅北口が抱えていた構造的な課題がありました。年間の乗降客数に対して駅周辺の滞在機能が不足しており、新幹線の待ち時間を快適に過ごせる場所がなかったのです。南口には軽井沢・プリンスショッピングプラザがありますが、あちらは施設自体が目的地でありインバウンド客の比率も高い。一方、『軽井沢T-SITE』は地元住民の日常使いや観光客のトランジット需要、シェアラウンジでのビジネス利用といった異なる動機のお客様を想定しています。駅前立地を活かした『時間消費型』の設計が差別化の核です」
その施設コンセプトを実現するためにそれぞれのマスターリース先に出店の打診をしました。出店が確定した後もそれぞれの会社の意向を調整し、施設の在り方を模索しました。
中でも、施設全体の名称を「T-SITE」としたのは、東京の生活者にとって「T-SITEに行けば落ち着いた雰囲気の中でゆっくり過ごせる」という認知が定着しているから。ブランドの吸引力を活かしつつ中身を刷新する判断も、三菱地所が描いた戦略設計の一部でした。

和食と温浴、ザ・コンランショップの空間美――アクアイグニスが目指した"おもてなし"
アクアイグニスの福島智雄氏にお話を伺うと、こだわりは大きく2つあると教えてくれました。1つ地域に根差し、軽井沢に暮らす人々の日常をより豊かにすること。もうひとつは、長野の玄関口にふさわしい「新たな価値」と「上質な癒し」を届けることです。

福島「飲食面では、軽井沢に不足していた和食の選択肢を厚くしました。東京でも予約困難な『笠庵 賛否両論』『鮨屋小野』といった名店に出店を依頼しました」
洋食文化が成熟したこの地において、質の高い和食を求める潜在的な声は根強かったといいます。
福島「地元の食材と季節感を織り交ぜ、この土地ならではの和食を提供する。内覧会の段階ですでに複数件もの予約が入るなど、地域の皆様からの期待の高さを感じました。
さらに、自分で出汁や味噌を調合できる体験型の店舗『だし尾粂』や、世界的ショコラティエ、辻󠄀口博啓が手がけるチョコレートショップ『LE CHOCOLAT DE H』など、代表・立花のネットワークを活かした個性豊かなテナントが揃っております」

福島「温浴施設 『AQUAIGNIS GARDEN SPA 』では、屋内外に2つのサウナを備え、長野県産のよもぎや米ぬかを使用した薬草湯を導入。地域の方々にも開かれた価格設定とすることで、日常的な利用と特別な時間の双方を提案いたします。ゴルフ帰りに立ち寄り、湯で身体を解きほぐした後、ラウンジで余韻を楽しむ――そうした複合的な過ごし方も可能です。
宿泊施設 『HACIENDA KARUIZAWA』 は、全9室・51〜75㎡のゆとりある客室を備えた小さなホテルです。4月25日のグランドオープンを控え、静かで上質な時間を大切にする皆様に心に残る特別な滞在体験をご提供いたします」

ホテルとスパの内装デザインは ザ・コンランショップ が監修。2024年開業の「HACIENDA VISON」に続く国内2例目のプロジェクトで、軽井沢の自然と歴史を読み解いた空間設計が施されています。暖炉の火が揺らぐロビーには、ハンス・J・ウェグナー の名作チェアが静かに佇み思わず足を止めました。
コンセプトは「旅のプレリュードを奏でる場所」。駅前という利便性を備えながら、時間の流れがほどけていくような居心地のよさがあります。ここで完結するのではなく、しなの鉄道を使って長野の各地へ旅が広がっていく起点となることを目指しているそうです。福島氏は「ここが長野の旅の出発点(ゲートウェイ)になれば」と語ってくれました。旅に出る前に呼吸を整え、あるいは帰りに記憶を反芻する場所として――その両面の使い方が想定されています。
「書店なきT-SITE」というCCCの挑戦
4年前からプロジェクトに携わるCCCの八木洋平氏に、最も気になっていたことを尋ねました。蔦屋書店のないT-SITEは、社内でどう受け止められたのか。「過去に例がないため経営会議にかけました」と八木氏。結果、「書店がないT-SITEも一つの形」として承認され、CCCの事業領域を広げる試金石になったといいます。T-SITEとしては2017年の柏の葉以来、約10年ぶりの新規開発です。開発にあたっては軽井沢特有の景観条例や厳しい気象環境にも苦労したそうで、開業のわずか1週間前にも大雪に見舞われたといいます。

書店の代わりに中核に据えたのは200席以上を擁する「シェアラウンジ」。

八木「軽井沢にはすでに書店が2店舗あり、駅前に求められるのは本を売る機能よりも心地よい居場所だと判断しました。ビジネス対応の席とくつろぎのラウンジ席を備え、北口側にカフェが少なかった空白を見事に埋めています。本を主軸にした生活提案というCCCの原点を保ちつつ、その表現方法を場所に合わせて変えた格好です」

温浴施設でリラックスした後にそのまま仕事をするという使い方は、CCC社内でも「非常に面白い企画」と評判だそうです。
テナント構成も印象的でした。信州を感じさせる店と、信州の人々に新しいトレンドを届ける店の両軸で編成しています。象徴的なのが「スモークマンシップ」。テキサスBBQの店ですが、使う肉は地元の信州峰村牛。旧軽井沢のお店が駅直結で出店し、到着直後に軽井沢らしさを体験できます。三菱地所の中山氏も個人的なおすすめとして挙げていたのが印象的でした。その他、別荘利用者を意識した車寄せの設計やペットフレンドリーな施設づくり、朝8時からテイクアウトできるスターバックスなど、多様な利用シーンへの配慮も行き届いています。
駅の北側にはこれまで気軽に立ち寄れる場所が少なかったこともあり、地元の方からは「朝早くからコーヒーが買えるのがありがたい」という声が寄せられているそうです。朝8時台の新幹線通勤の方がコーヒーを手に改札へ向かう姿が、すでに日常の風景になりつつありました。

「いい人が集まる場所になり、その風景に憧れてまた若い世代が来る。そんな循環が生まれれば」。八木氏のこの言葉が、施設を歩いた後だからこそ実感を持って響きました。廃線跡地に3社の哲学が重なり合い、信州の新しい玄関口が動き始めています。なお、無印良品は2026年6月下旬のオープンを予定しており、施設はこれからさらに全容を現していきます。訪れるたびに表情を変えていくであろうこの場所を、コンシェルジュとしても引き続き見守りたいと思います。それではまたコンシェルジュ便りでお会いしましょう。


